ひとりごと

最近たくさんの人と話しをしているなー。
なんだろう、いつだっけ、もうこれ以上友人と呼べるひとなんてできないんだろうなーって思った、たぶん学生の頃のはなし。だけど今こうして、新たに知り合って、仲良くなって、一方通行だとしても友人と呼べるひとが出来ている、不思議。なんであの頃もうこれ以上はないっておもったんだろう、これ以上はいらないって思ったのかも。だけど新しく知れたひとがいて嬉しい。よかった。きっとこれからも、新たに知り合うひとがいて、その中には気の合うひともいて、仲良くなって、一緒にごはんたべたりあそんだりするようになるのだろう。なるのかな、うんでもきっとそういうことはあるんだろう。あって欲しいというか。
大人になってから知り合うひとは、それまでの生きてきた軌跡とかそこで考えてきたものがあって、自分の持ってない価値観とか、はじめて対峙する考え方とかを持ってたりしてへえーとおもう。どうやってそれが形成されたのかとか興味深い。知らなかった世界を知るのはほんとうに楽しい。
まあそんなことはともかくも、なんとなくうれしいなーとおもうのだった。今日送別会的だったりする会でもプレゼントもらったりとか引き止められたりとか、ああ私の居場所はここにあったんだなーとおもえてうれしかった。新しくそういう場所を、居心地のいい場所を構築していけるんだなーとか。
ほんとうに、なにか20歳くらいのときにいろいろ悟った気になって、今後の人生を見据えた気になって、失望ではないんだけどあきらめのように感じていたその今後の人生を歩んでいる最中で、あの頃に考えてたことは、的中しなかったなーとおもう。予感してたとおもってたけど、それは私の希望だったのかもしれない。
生きててよかったなーとか、なんとも陳腐に聞こえてしまうのだけど、でも実際おもうのはそういうことだ。まだまだ自分の予想の範疇を越える出来事が、この先に待ってるんだろうなーとおもうとほんとうに楽しみだ。たとえばほんの1年後、思いもよらないことになってるといいなーとおもう。あらゆることを受け止めて、受け入れて生きたい。私が変わっていくのが楽しみだ。固執したくないし、固執するほどのものを持っていたくない。
とか言って、捨てられない手放せない本とかはいっぱいあるんだけど。周りを物で固めても、自身は空白で居たい。
すずむしは、音楽をつくりたいときには音楽をつくる、つくり続ける。だから、皆様も、やりたいとおもうことがあるときには、そのやりたいことをやってください。やりたいことをやらない、という選択肢を選ぶ理由は、そんなにないよ。
そして私の周りのすきなひとたちを、しやわせでいてと願う。そのひとたちに、薄く、キャラメリゼのような愛情を常に注いでいたい。おやすみ世界。またね。